金曜日, 7月 3rd, 2015

(※2015年現在、業務多忙に付き一時ブログ執筆を停止しております。ご了承ください。)

バンコク調査団その2

水曜日, 10月 23rd, 2013

調査団の三日目は、バンコクから東南にある、うちのお客様のタイ工場を二箇所訪問させて頂きました。

どんなところで、どんな状態で事業をされているのかをこの目で見たかったので。

いろんな事が遅々として進まないとか、従業員の数やその質の確保に頭が痛い、とはおっしゃっていたものの、いずれも、順調に売り上げが伸びており、新工場の建設も計画中等、日本よりもずっと明るい張り切った感じでおられるのが印象的でした。

タイは高速道が結構整備されていますから、時間帯によって渋滞にかからなければ(これが実は問題なのですが)比較的スムーズに移動できます。

極めて順調に1時間少しで最初の工場近くへ着き、ガソリンスタンドで休憩です。

タイでは道沿いのガソリンスタンドにコンビニやトイレ、ちょっとしたカフェやレストランが付設されていることが多いです。

ちょうど日本の高速道路のサービスエリアのようなものですね。

最初の工場でお話を伺った後、次の工場の訪問時間に十分間があったので、途中で海沿いのレストランに寄って昼食を摂ることにしました。

後で聞くと、このレストランは結構有名らしく、バンコクから日帰りで行楽に来て昼食を摂るタイ人も多いとか。

海岸間近のヤシの木の間に日本のレストランと全く遜色ない、というより最近の都市近郊の寂れた日本のレストランよりずっと垢抜けた規模の大きなレストランがありました。

屋根付きの屋外テーブルで、やや湿った海風に吹かれながらタイ料理を堪能しました。

途中スコールもありましたが、バンコク周囲では見られない綺麗な海と景色を見ながらの食事は、なかなかのものでした。

その後二箇所目の工場を訪問し、午後5時の終業時になると工業団地から出るのにすごい渋滞するということで、急いでお話を聞き、工場内を見学した後、招待して頂いた夕食場所へと向かいました。

ところで、この工場見学には提携事務所で斡旋してくれた大型のバン型タクシーを使ったのですが、朝8時から深夜便で帰るメンバーを空港へ夜8時頃に送るまで、拘束12時間で4,400バーツ(約13,200円)でした。

我々が5人で食べた昼飯代の方がおそらく高かったでしょう。

日本ではどうですかね。

バンコク調査団その1

月曜日, 10月 21st, 2013

このところ忙しくてこのメルマガも間が空いています。

なんで忙しいのかって?

以前にも申し上げたと思いますが、この4月から弁理士会東海支部で東南アジア知財委員会が立ち上がり、その委員長になったのですが、今月は7日から9日までバンコクの提携事務所へ委員会メンバー4人と出かけました。

何かと準備で忙しく、帰ってきたあとは溜まった事務所の仕事を片付け、報告書を書く等、なかなかゆったりと記事を書く時間がなかったのです。

調査結果は1月のセミナーで広く公表する予定なので、まあいつものごとく知財とはあまり関係ない話を。

今回は委員長としてバンコクへ行くので、いつものように自分一人のペースでやれば良いというわけには行きません。

もちろん直接実務を担当するのは優秀な他の4人のメンバーが付いているので良いのですが、全体をどう動かすかとか、向こうとの折衝は私がやることになります、当然のことながら。

提携事務所ではこちらの各担当に合わせて向こうも責任者を出してくれることになっていましたが、向こうの事務所に着くと、所長が一手に引き受けるというではありませんか。

並行して各担当者と話を進めて一日で話を済ませる計画なのに、所長一人が対応して直列的に話を進めるのではとても一日ですみません。

これではわざわざ実務者を4人も派遣した意味が無いのです。

このことはメールで前もって言っておいたのですが。

まあ、しょうがない、さっそく折衝です。

この点、気心が知れた事務所ですので、フランクに話ができます。

「あんた一人じゃとても一日で終わらないよ」てな、くだけた調子で言っても気を悪くしないので、気が楽です。

さっそくこちらの申し出を快く受け入れてくれて、各担当者に一人か二人の向こうの担当者を当ててくれ、それぞれの打ち合わせ場所も確保してくれました。

やれやれです。

初めての事務所だとこうはいかないでしょうね。

どこへいっても結局は人間関係ですね。

酒とワイン

月曜日, 9月 30th, 2013

酒は長らく一級酒と二級酒にランク分けされておりました。

一級酒は多くが灘の酒だったような気がします。

一級酒は当然値段が高く、結婚式とか正月の儀式の時にしか出されないので、「一級酒」と聞くと、ありがたく頂戴していました(と思う。なんせ大部分の時期が未成年にかかる頃のことなので)。

その頃の一級酒は甘口で、まあ癖が無いと言えば無いような、変なものが混ざってないという感じではありました。

そこへいくと二級酒は雑酒という感じで、上品さに欠ける、という感じでしたね。

焼酎に至っては、金の無い時に、アルコールなら何でも、という際に飲むものでした。

学生の頃は、洋食に合わないということで酒は敬遠され、かといってジョニ黒のような高級酒は飲めるわけもなく、ウイスキーなら安いサントリーレッドをコーラで割って飲むか、まあ大抵はビールでした。

ワインは舶来物(古い?)ということもあって、気軽に飲むものという感じはありませんでした。

それが今やワインは、もちろん高いものもありますが、安いものも多く出回り、手軽に飲むことができます。

私はといえば、ワインはそれほど好きというわけではなく、味の違いもさっぱり判りません。

ただ、この間ワイン好きのお客様と飲んだのですが、ワイン好きは、どこどこ産の何年物が美味い、なんてことまで拘るようです。

ワインは言ってみれば西洋の地酒ですね。

その土地々に異なる味の銘品があるようです。

日本酒も一級・二級の枠がとれて、昔なら二級酒だった(おそらく)幻の地酒なんてのが、もてはやされています。

焼酎に至っては、なんでこんな高いの、というような幻の焼酎なんてのもあります。

まあ悪いことではないですね。

この夏に木曽へ行った際に購入した地域限定の地酒も、結構美味しかったです。

旧知のバンコクの事務所のフランス人の所長は日本へ来ると「SAKE」なんて言って、日本酒ばかり飲んでいます。

ワインがフランスの文化なら、日本酒は日本の文化なので、いつまでもワインと張り合って健在でいて欲しいと思います。

キノコ狩り

月曜日, 9月 9th, 2013

日曜日は「キノコ狩り」に行ってきました。

スーパーで売っている、しいたけ、しめじ、えのき、なめこ、洋物のエリンギ、マッシュルームまで、私はどれも好きで、キノコは嫌いではないです。

しかし今日の「キノコ狩り」は、「りんご狩り」や「みかん狩り」のように、栽培された食べられるキノコを大量に採るものとは異なり、自然の山に分け入って木の切り株や倒木に生えているキノコを、食べられるものも食べられないものも採ってきて、観察するというものです。

まあ「キノコ狩り」というよりは「キノコ観察会」ですね。

何故そんなものに参加したかって?

同友会の我グループにこの観察会に登録しているメンバーがいて、グループ会行事の一環として参加することになったのです。

私は少し遅れていったこともあり、元来がキノコを観察するという趣味は無いので、特に採取もせず、皆の後について専ら森林浴を楽しんでいました。

「キノコ狩り」が終わると、採取したキノコをテーブルの上に拡げて、観察会のリーダー風の人が各キノコの説明をしてくれます。

テーブルには短時間によくもこれだけあったな、というくらいに色んなキノコが並んでいます。

色も形もとりどりで、本当にキノコというのは種類が多いんですね。

解説によると、キノコは基本的にどれも生食はできないそうです。

煮たり焼いたりしても毒分が抜けないものが毒キノコということになるんだそうです。

これだけ短時間に集めたものの中にも、煎じて飲むと癌に利くといわれているものがいくつかありました。

落ち葉を分解して土壌を改良する役目を果たすものもいくつかありました。

キノコは変種が多く、図鑑に載らないものが山ほどあって、「もどき」とか名前も付けられないものが結構あるんだとか。

まあ、話し始めるといつ終わるんかいな、というくらい熱心な解説があって、今日は採取物が比較的少なかったこともあって早めに終わります、と言われて、はや1時間半が経っていました。

キノコの不思議さもさることながら、こんなキノコ(失礼)に憑かれたような人が居るということも、蓼食う虫も好き好きとはいえ、不思議に思えた一日でした。

タイの代理人

月曜日, 9月 2nd, 2013

弁理士会の我々の委員会でタイの代理人を一人招請しました。

その代理人は女性で、先週の金曜日一日我々の会議に付き合ってくれました。

木曜日の朝の便で来て、日曜日の便で帰ったので、木曜日、土曜日は空いていました。

木曜日は私が名古屋城、大須観音へ案内しました。

名古屋城内へ入ったのは私もなんと50年ぶりです。

中学生の見学会で行って以来ですから。

熱田神宮や、白鳥公園か徳川園等も私の当初の計画には入っていたのですが、とにかく暑かったので敢えなく取りやめに。

が、暑かった以外に熱田神宮等をとりやめたのには別の理由が。

というのは、彼女は大学の助教授でもあるのですが、日本で大学の先生というと女性でもあまりミーハーは居ないような(ひょっとして今は日本でもそうかも、知らないだけで)気がするのですが、歴史なんぞよりはショッピングに興味があるようなのです。

姉さんもついでに一緒に来ていたこともあって、涼しい地下街やデパートでのショッピングです。

ショッピング先はドラッグストアの化粧品、無印良品、東急ハンズのようなところ。

私はこういうところは殆ど行ったことが無いのでさっぱりわかりません。

ところが一緒に来た姉さんは予めインターネットで情報を検索していたとかで、地下鉄路線図、オアシス21の情報、無印良品の扱い店、果ては熱田のイオンの情報まで全て調べてありました。

一度なんか私が地下鉄の出口に迷っていると「5番出口」なんて教えてくれます。

どっちが名古屋人か分からない。

帰りの空港ではバッグ一杯の土産(職場の友人等に頼まれた化粧品等)を詰め込んで嬉々としていました。

日本の化粧品(それも若者に今評判の、そんなに高くない)がタイでも大人気だということも分かりました。

タイでは結構高いのだそうです。

イヤー、世の中変わりましたねー。

梨や桃

水曜日, 8月 28th, 2013

どうも食べ物の話が多いですが、スイカが終わり、今頃から梨とか桃が出てくるんですかね。

昔はもう少し遅かったような気がしますが。

それに梨でも桃でも昔はもっと小さかったですよね。

今は、これ梨?なんて思わず尋ねてしまうような、赤ちゃんの頭ほどの梨がありますから。

それに今は出始めだからでしょうが、梨も桃も立派な箱に入り、紙包みに包まれてますね。

そこへ行くとバナナを初め、グレープフルーツ、オレンジのような輸入果物は相対的に安いです。

良く解りませんが、円安でしかも関税がかかっていてこの値段なんですかね。

となるとTPPとやらで関税が撤廃されたらもっと安くなるわけですね。

安い輸入物に対抗できる高品質の、日本人の細やかさを駆使した高級果物を作っていくのが農家生き残り策の一つだ、という論があります。

でもちょっと待てよ、と。

その高品質の果物は果たして日本の庶民の口に入るのか、と。

日本の庶民は外国製の、おそらく農薬漬けの果物を食べ、海外の人(もちろん金持ち)が日本製のきめ細やかな管理をした安全で美味しい果物を食べる、ということにならないでしょうか。

世界に伍していくために農業も大規模化を、という論もありますが、本当でしょうかねー。

小規模の農家が、自分達が食べるものと同じ果物を作って、それを集積して消費者に配るのと、大企業が効率的に作った果物を大規模に流通させるのと、どっちが食の安全を保てるのでしょうか。

家の者の買いものに付き合ったスーパーで、こんなことを考えました。

金沢へ行ってきました

月曜日, 8月 26th, 2013

先日、講演で金沢へ行ってきました。

地元の中堅企業や特許事務所の方を対象に、タイ、インドネシア、ベトナム、シンガポールの知財について話を、ということだったので。

まだまだ不十分ですが、現状で分かっている範囲でお話しして、今後の企業活動の参考にして頂ければ、ということでお引き受けしました。

金沢へは昔から名古屋からの直行で「しらさぎ」があります。

新幹線ができて以降は米原での乗り換えが多いようですが、私は昔の旅情(?)を楽しみたくて名古屋から在来線の「しらさぎ」を利用しました。

3時間の道中で講演資料に目を通したり、若干仕事もしたかったので、グリーンを奮発しました。

新幹線に比べるとグリーンといっても、ちょっとショボイ(古い)感じですが、シートが大きくクッションも良いので、3時間の乗車もあまり疲れませんでした。

それほどゆっくり車窓の風景を楽しむというわけにはいかなかったという理由もありますが、どこまでも広がる水田と山並みという日本的風景はあったものの、名古屋・東京間の新幹線の車窓の風景の方がもっと見出があるなー、と思いました。

何故ですかねー。

景色の良さそうなところは殆どトンネルに入ってしまうからかもしれません。

景色は残念ながら期待ほどではなかったものの、帰りに土産にと買った蒲鉾と酒は旨かったです。

そういえば、金沢・富山辺りは蒲鉾が有名でしたかね。

酒は店の人がお勧めの、金沢周辺でしか売られてないという銘柄でしたが、これが蒲鉾と合うんですよね。

いつも思うのですが、この狭い日本に、信じられないくらいバラエティに富んだ食べ物や飲み物がある。

この豊かさを、いつまでも大事にしたいですね。

レジのプロフェッショナル

金曜日, 8月 23rd, 2013

今までスーパーへ何百回と行って、いつも思うことですが、レジを通った後に、持参した買い物袋へカゴから移す際に、大抵はカゴの中のものを一旦全て外へ出さなければいけません。

レジを通ると、大抵重いものがカゴの下に位置しているのですが、買い物袋へも重いものを先に入れた方がバランスが良いので、カゴの下の物を先に取り出す必要があって、結局、カゴの中のものを一旦全て外へ出すことになるのです。

ところが本日、いつも良く行くスーパーで、レジを通ったカゴの中を見ると、購入した際に雑然とカゴの中に放り込んだ品物が、カゴの中に整然と並べられているのはもちろん、必要なものは全て改めて小袋に入れられており、しかも下の方の重いものが非常に取り出し易くなっているのです。

後から思ったのですが、これは品物を小袋に入れてカゴの中に整然と並べるとともに、一つのカゴに全ての品物を再び詰め込むことをせず、カゴを二つに増やして余裕を持たせて並べてあるからでした。

おかげで、カゴの中から一度品物を全部取り出すというような手間を要さず、スムーズに買い物袋へ移すことが出来ました。

だからといってレジが遅いかといえば、全くそのようなことはなくテキパキとして、しかもレジの前後でのお客への応対もとても丁寧です。

係りの名前を確認して、社長表彰でも受けられるように投書しようか、と家の者と冗談で話したくらいです。

そのスーパーへは殆ど毎週行っており、今までこんな経験はしたことがないので、このやり方が標準になっていることは無さそうです。

彼女のプロ意識なんでしょうね。

すごいですね。

普通のスーパーのレジにさりげなく、こんなプロフェッショナルが居るんです。

考えてみれば、現場のあらゆるところに、マニュアルで教えられなくても、きちんとした対応をする社員が居る、というのが日本の良いところだったはずなんですよね。

今後日本が生き残っていくためには、この良さの源を、もう一度じっくり振り返ってみる必要があるのかもしれません。

町内盆踊り

月曜日, 8月 5th, 2013

今年は、私の住むマンションの管理組合理事長をしています。

順番に回ってくるので、イヤイヤですが。

管理会社が殆どやってくれるので、日常的には特にやらなければならない事はありません。

ただ、理事長になってから、地区の行事への参加要請が時々あります。

マンション族は地域との交流に消極的、なんていう記事を大昔に読んだことがあったので、地区行事にはなるべく積極的に参加しようと思っていたのですが、何故かいつも予定が合わず、今まで参加できずにいました。

今回、土日に行われる地区の「盆踊り」の準備作業へ参加要請があり、それでは、ということで、土曜日の午前中の作業に参加してきました。

「町内盆踊り」がこのマンションへ引っ越してきた頃には既に地区内で行われていたことは知っていましたが、我が家の子供たちはその頃には既に大学生か社会人だったため、今まで準備作業の手伝いはもちろん、行事自体へも参加したことはありませんでした。

作業は午前8時からでした。

早起きの年寄りにとっては全然問題のない時間です。

8時少し前あたりに会場へ行ってみると、既に4〜50人の老若男女が集まっていました。

私は飲み物搬送係ということで、地区の集会場に搬入してあった夥しい数の缶ビールや缶ジュースをカートンのまま会場まで移送する役目でした。

普段重量物(?)は殆ど持ち運ばないので、腰への負担が少々不安でしたが、5・6人のメンバーで手早く予定より早めに終了しました。

その後は、会場のメインの飾りである、五重の塔を象った20m程もある大きな提灯飾りの設置を手伝って、11時頃に家に戻りました。

久しぶりに「町内行事」なんてものに参加しましたが、そういえば私が子供の頃は、親父が町内盆踊りはもちろん、町内運動会や町内見学会(昔はこんなものまでありました)などの行事に一生懸命汗を流してくれていたことを思い出しました。

以前住んでいた名古屋市内の地区では「盆踊り」などの行事は廃れていて、子供達が小さい頃に特に町内行事の準備に汗を流した覚えはなかったのですが、久しぶりに昔の親父たちの姿を思いだして懐かしくなりました。